神戸地方裁判所 昭和28年(行モ)3号 決定
「本件建物はもと訴外楊進成の所有に属し、その敷地九十四坪(そのうち宅地として五十四坪道路敷地として四十坪)は神戸市の所有であつたので右訴外人は昭和二十二年四月一日神戸市の承諾を、同年六月二十日兵庫県知事の許可をそれぞれ得て之を使用し、神戸市に対し昭和二十二年度より同二十四年後期迄その使用料を支払つたが、その後右建物は右訴外人より訴外高石てる子に、右てる子より申立人に譲渡されたので申立人は昭和二十六年十一月二十一日神戸市に対し同二十五年前期分使用料として金七千五十六円を支払い、その後適法な支払を提供したが神戸市は受領しないので止むなく昭和二十八年二月二十八日、昭和二十六年同二十七年度分各一万五千円計三万円を供託した。ところが被申立人は昭和二十七年五月二十九日申立趣旨記載の如き内容の命令を含む除却通知書を発した。然し申立人は右命令に従い同年十一月十七日被申立人の都市計画に必要な道路敷となる部分の目的家屋一部を除却し該命令に対する履行は一応終了したと信じていたところ、被申立人より昭和二十八年二月十七日同日付の神建整葺補第一七二号建物除却工事実施期日の変更通知等と題する書面を受領し、はじめて被申立人が右除却命令の効力を残存部分である前記本件家屋に対しても持続せしめんとするものであることを知り、その六ケ月以内に本訴(昭和二十八年(行)第六号事件)を提起したものである。
右神戸市の行政処分は次の点において違法である。
一、申立人の被申立人に対する本件土地使用に関する法律関係は宅地に関する私法上の土地賃貸借関係である。仮にそうでなくとも神戸市は申立人に対し土地使用権を認めたものであるから被申立人が特別都市計画を施行するにあたり工作物の移転を必要とするときは特別都市計画法第十五条第二項に基き換地予定地の指定をしなければならない。しかるに被申立人からはまだ何等の換地予定地の指定がないばかりではなく通常生ずる損害の補償もしていない。
一、建物移転命令を発するには「土地区画整理のため必要があるとき」(特別都市計画法第十五条第一項)でなければならない。
しかるに本件の如き場合直接道路に使用されるのではなくいづれも不法占拠者である葺合区布引町四丁目所在の訴外邦本尚烈の(おたふく旅館)訴外金基の「三宮ハウス」の換地としてあたえるために、正当な地代を払つている申立人に無謀な移転を命ずるものである。
一、行政代執行法による代執行には次の要件が必要である。
(一) 法律により直接命ぜられ又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為について義務者が履行しない場合
(二) 他の手段によつて履行を確保することが困難であり
(三) 且、その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき(以上同法第二条)
(四) 行政庁は代執行命令書をもつて代執行をなすために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知しなければならぬ。(同法第三条二項)
しかるに、
(一) については前述の如く適法な命令でない。
(二) については市は申立人等外三名に対し換地払下坪数を決定しながら、その地割をしないため遷延しているのであつて他の手段によつて履行を確保することが出来る。
(三) については申立人の建物を現状のまゝ放置しておいても前述記載の如く、不法占拠者二名の建物を移転させることが出来ないだけのことで、本件土地が道路や緑地帯になるのでもない。右二名に対してこそ立退を命じたらよいのであつて著しく公益に反するとは認められない。
(四) については何等の承知をうけていない。
以上の次第で被申立人の行政処分が違法であることは勿論、もし本案判決あるまでに本件家屋が除却されてしまうと勝訴しても申立人は償うことの出来ない損害を蒙るので本申立に及んだ。なお被申立人は本件に関し都市計画法第十二条、耕地整理法第二十七条の適用又は準用があるというがそれは次の点において間違つている。「すなわち特別都市計画法は戦争で災害をうけた市町村の区域に限つて行うもの(特別都市計画法第一条第二項)でこの場合には第一次的に特別都市計画法が、同法に規定のない事項に限り第二次的に都市計画法が適用される。この点被申立人の主張は特別法を無視して普通法を適用もしくは準用する違法がある」というにある(疏明省略)。
被申立人の右に対する意見は、
元来特別都市計画の施行者は都市計画法第十二条耕地整理法第二十七条により、直接区画整理地区内の工作物等を自ら除却できるのであつて被申立人が申立人に発した昭和二十七年五月二十九日の移転除却通知は代執行法に基く命令ではなく単なる好意上の注意的通知に過ぎないから行政処分ではない。仮に代執行法の適用があるものとしても右除却命令があり、従つて申立人がこれを知つた日である昭和二十七年五月二十九日から六ケ月を経過した後にその取消の訴を提起するというのであるから、行政訴訟特例法第五条所定の期間を経過し不適法であり、これを前提とする本申立も不適法である。仮にそうでないにしても「本件土地は訴外国際新聞社兵庫県支局(支局長揚進成)に対し(一)都市計画実施の場合は建物を無償で撤去する、(二)占用地の換地はあたえない、(三)占用権を他に譲渡してはならない、(四)使用期間は昭和二十二年四月一日より同年九月三十日まで、ヽヽヽ等の条件を付して昭和二十二年四月一日道路の一時占用を許可した。其後昭和二十五年五月十六日右道路占用権が右許可条件に反し訴外高石てる子に譲渡されたことが判明したのでその占用許可の継続をみとめず、本件建物が昭和二十五年五月十六日右高石てる子に帰属したときから高石てる子の不法占拠建物とし、したがつてその所有権をゆづりうけた申立人に対しても不法占拠者であるからその道路占用をみとめていない。申立人が昭和二十五年度前期分の占用料を納付したというが、これは国際新聞社兵庫県支局の事務管理人として納付したものとみとめ受領しているのであつてこのような不法占拠者に対しては特別都市計画法第十五条の適用はなく、これに対して換地を予め定める必要はない。よつてこれを前提とする申立人の主張もまた失当である。
右の次第であるから本申立は却下さるべきものである」というにある(疏明省略)。
職権により考えるのに行政訴訟特例法第一〇条第二項に基く行政処分の執行の停止は、その処分に対する同法第二条にいう訴の提起があつたことを前提として許されることは明文の存するところであるが、申立人が本申請事件において執行の停止を求める対象は、昭和二十七年五月二十九日神復整補第一四〇号移転除却通知書により被申立人の為した申立趣旨記載の家屋に対する移転除却命令であつて、該命令に対する行政訴訟は末だ当裁判所に係属していない。申立人は後日当庁昭和二八年(行)第六号工作物移転命令等取消事件の請求趣旨を右命令の取消に訂正するという(昭和二十八年六月二十三日附申立人提出の準備書面による)のであるが、右訴において原告たる申立人の取消を求める対象は、被申立人が昭和二十八年三月三日神建整葺補第二〇六号建物除却工事実施時期の変更通知書により被申立人の為した前記建物を除却すべき時期の変更処分(訴状及び申立人提出の右変更に関する被申立人より申立人に対する通知の証明書参照)であつて、仮に右建物の除却につき申立人主張のように行政代執行法上の手続を必要とし、前記昭和二十七年五月二十九日の除却通知が、同法にいう行政庁の命令であるとしてもこれと右除却時期変更の処分とは別の行政処分であつて、もとより後者が前者の附随的処分であることは窺知できるが、前者を後者に改めるのは単なる表示の訂正ではなく、訴訟物の変更と見るべきである。ところで訴訟物の変更は、行政訴訟特例法第七条による被告たる行政庁の変更のように、しかく簡単に許されるべきものではなく、一般の訴の変更に関する民事訴訟法第二三二条によつてなさるべきものである。申立人の訴の変更がその基礎に変更なきものとして許されるとしても、現実に変更をなした時初めて変更による新訴は係属したことになるのであるが、申立人はその変更をなすべきことを明にしたのみで未だにそれを実現していないのであるから、本申立により執行停止を求める対象たる行政処分の取消訴訟は未だに係属していないというべく、本申立はその前提たる訴の提起なくしてなされた不適法なものである。仮に右準備書面による訂正の明示を訴の変更の申立と見るとしても、その変更による新訴は早くとも右準備書面が当裁判所に提出された昭和二十八年六月二十四日に提起されたと見ねばならぬが、その日は取消の対象たる行政処分のなされた昭和二十七年五月二十九日から一年以上を経過した後であつて、この点から見ても行政訴訟特例法第五条第二項の所定期間を経過した後に提起した不適法な訴というの他はない。申立人は右除却命令に対しては同年十一月十七日道路敷となるべき部分(特別都市計画上必要な部分)の家屋の除却を完了し、右命令は履行されて事済となつていると信じていたから、訴の提起が遅延するにつき正当の事由があつたともいうであらうが、其後昭和二十八年二月十七日被申立人から神建整葺補第一七二号建物除却工事実施時期変更通知を受けていることは申立人の自認するところ(前記準備書参照)であるから、右により申立人は前記除却命令により被申立人の求めるところを全部履行したことになつていないことを知つていたと認めうるし、それからでも右命令後一年を経過しない間に十分取消の訴は起し得たといえるので、申立人の訴提起の遅延については正当事由ありとは認められない。行政処分の執行停止の申立の前提となる訴が適法なものでなければならぬことは勿論であるから、本申立は不適法である。
以上の理由により本申立は却下すべきものとし主文の通り決定する。
(裁判官 石井末一 大野千里 坂東宏)